ウルムにアインシュタインを訪ねて 

 

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私は、2005109日(日曜)にドイツのウルム市に行き、アインシュタインの跡を探訪してきました。
これはその報告です。

2005
105日から7日にかけて、フランクフルト(マイン)で開催されるJISC-CENELEC意見交換会という欧州と日本の政府関係の規格制定組織間の会合で、EMF(電磁波の健康影響)に関する論議も行なわれることから、業界(電子情報技術産業協会)のEMF専門委員会(私はこの委員会の幹事です)を代表して、参加することになりました。

そして、せっかくドイツに行くのであるから、会議終了後にそのまま帰国せずに、欧州各国の会社・組織とEMF問題に関する意見交換などを行なってはどうかということになりました。
結局、1010日の週は、ドイツ・スイス・スウェーデンを回ることになりました。

これは長旅になり疲れもたまりますが、旅程の間に土日がはさみます。
この土日を有効に活用して、電磁波以外の、趣味の世界に没頭する機会ができました。
フランクフルトが土日をはさんだ会合の拠点となりました。
フランクフルトを拠点として、往復できる範囲での訪問ができます。

そこで、8日(土曜)はフランクフルトから南に向かって、電車特急で片道1時間強のカールスルーエに行き、ヘルツの電波(電磁波)実証実験を行った建物がまだ残っているということでカールスルーエ大学に行くことにしました。
この話は別に報告します。

日曜日は、フランフルトから片道電車特急で2.5時間ほどかかりますが、ウルムへ行くことにしました。
ウルムは昔、一度だけ行っています。その時は知識がなく、事前の調査も不十分だったので、アインシュタインの町とは知らず、何も見ないで帰ってきてしまい、後で後悔しました。
そういうことで、ぜひともウルムにアインシュタインを訪ねたいと思いました。

インターネットを検索し、技術史に関心のある関西の高校の先生がドイツのウルムなどを訪問し、その探訪記をWEBに公開していたので、その方と連絡をとりました。
アインシュタインの研究家である近大の杉元先生とも連絡をとり、先生の著書「アインシュタイン博物館」も購入しました。

また、ドイツのウルム市の観光案内のWEBからメールを入れました。
そうしたら、ウルムの市内地図、それも日本語版を航空便で送ってくれました。
こうした準備で、電車でウルム市まで行けば、あとは歩いてアインシュタインの跡を探訪できることが確認できました。

欧州出張は私一人ではなく、他に2名の同行者がいます。
この土日の日中の行動だけは、私は別行動を取るとして、自由行動を選択しました。
私は過去に何度も仕事(以前のパソコン用モニタ関連)でドイツに出張しており、そうした経験から、ドイツ鉄道を利用して移動することには慣れていたからです。土曜のカールスルーエ行きがその復習の鉄道の旅でした

9
日は、夕方6時からは3名での行動(夕食と打ち合せ)となっていたので、朝飯を食うとすぐにホテルを飛び出しました。
ホテルはフランクフルト中央駅の隣でした。750分にホテルを出て、820分のIC電車特急に飛び乗りました。
ウルムへ向かって動き出したのですが、1時間程度の後、何やら車内の雰囲気をおかしくする車内アナウンスがありました。
ドイツ語です、聞き取れません。でもかろうじて「Stuttgart・・・nicht・・・・kann 」、Kannは英語のcanの意味であり、nichtは英語のNotであるので、これは明らかに何か異常な状態、何かネガティブな状況と判断しました。隣の席の人はメモを取っています。
英語で聞いてみると、何らかの事情で、この電車はStuttgartへは立ち寄らない、経由地を変更するということで、Stuttgartへ行く人は次の駅で降りて、XXX便に乗り換えろ・・・」と言っているとのことでした。ウルム行きは大丈夫、このまま乗っていれば良い、となりました。

出発してから途中で経由を変えるとはちょっと考えられないことです。そして、この電車は30分ほど遅れて、ウルムに着きました(図13)。

1 私が乗ってきた電車 

2 IC2295号 予定より30分の遅れの表示

  

3 ウルム中央駅 Ulm Hbf と駅名が見える。帰路での撮影

ウルムへ着いて、まずは駅前のアインシュタインの生誕の地へ行きました。ウルム駅前の1等地にあります。
戦災でアインシュタインの生家はなくなったそうです。そこには現在、商業ビルが建っています。
ビルの前に図46に示す生誕の碑があり、そのすぐそばの広場に記念碑(図78)がありました。

4:商業ビルの前の生誕の碑

  

    図5 生誕の碑のある駅前の商業ビル 

  

    図6 生誕の碑 大写し

 

      7 広場にあるアインシュタインの記念碑

8 建物の間に奥の方に見えるのはウルムの鉄道駅


この広場からウルムの大聖堂へ歩いていきました。
9に示すように、駅前から大聖堂を見ると、昼の12時ちょっと前という時間ですが、天候はどんよりと曇っている状況ですが、大聖堂は世界で最も高い教会とのことで、上部がかすんで見えません。この塔には登ることができました。
料金は3ユーロ。550段(降りる時に数えた)の階段で最上部まで上りました、最後にあと50段くらいで、最々上部に行けるのですが、疲れて断念しました。

  

9  ウルムの駅前からウルムの大聖堂を見る。上部がかすんでいます。

このウルムの大聖堂には、E=Mc2というアインシュタインにちなんだステンドグラスがあります。
このステンドグラスは大聖堂の入り口のすぐ上、コーナに近いところにあり、下から見上げる形で、デジカメで写真を撮りましたが、駄目です、綺麗に取れていません。大聖堂で購入した絵葉書を示します(図1011)。

   

   図10 下から見上げた ステンドグラス

  

11 絵葉書 矢印の部分にE=mc2の式がある。

高い塔に登り、疲れたのと、昼食を兼ねて、休憩を取ろうと大聖堂の前の商店街に行きました。
そこには図12に示すCafe Troglen の案内がありました。
アインシュタインの絵入りのカップ、アインシュタインチョコレートの宣伝でした。
そして、そのカフェテリアに入り、休憩です。
このカップは安くはなく、9.90ユーロもしました(図13)。為替レートのいたずらでしょうが、訪問時は1ユーロが140円を越していました。1,400円のコップ?ちょっと高いと感じました。
チョコレートは購入しませんでした。そのカフェでは図14に示すように、舌出しのアインシュタインの肖像画に舌にチョコレートを貼り付けていました。
入手済みの地図にはアインシュタインカフェのありかは示されていなかったので、このカフェで地図にありかを記入してもらいました。

12 Cafe Troglenの宣伝 

  

13 アインシュタインカップ  自宅で、日々コーヒーを飲むカップに使用しています。

 

14 Cafe Troglenにあった絵  アインシュタインの舌にチョコレート

  

  図15 アインシュタイン100年記念の広告塔

休憩後、アインシュタインハウスに向かって歩きました。街路に、図15に示すアインシュタイン100年の記念の看板というか大きな円柱の広告塔がありました。帰りに見ると、同じものは駅前にもありました。
アインシュタインハウスは近くにありました。でも日曜日のためか閉まっていました。残念です。何らかのアインシュタイン関係の展示物が見られると期待していたのですが(図16)。

  

  図16 閉まっていたアインシュタインハウス

そこから、アインシュタインの噴水に向かいました。
ちょっと判りにくい場所にあり、途中で現地の人に聞いて、たどりつきました。
アインシュタインの噴水ですが、行った時は水が出ていませんでした。
ロシアから来たという6人程度の観光グループもこのアインシュタインの噴水を見に来ており、記念写真を撮ろうとしていました。
私は、そのままの写真撮影では駄目だ、アインシュタインと同じ様に、舌を出して記念写真を取れ、と言いました。
そのグループの男性は全員私の推奨に従ってくれました。さすが、若い女性はそうはしませんでした。
私も舌を出して、写真を撮りました。図17に示します。

 

   図17 アインシュタインの噴水と舌をだした私

最後はアインシュタインカフェです。噴水からはちょっと歩く距離がありました。
18に示します。天気もよかったので、外で喫茶や食事をしています。暑くなってきたので、アイスクリームを外のテーブルで注文しました。
お土産にと、その店のメニューも戴いてきました。図19に示します。記念にと言ったら、即もらうことができました。

この店には「アインシュタイン・スペシャル」というカクテルもありました。16.90ユーロで、ジン・ブルーキュラソー・トニックなどのカクテルです。夕方以降であれば、このカクテルを飲んだのですが・・・・。またいつか来ることができる次回の為に、アインシュタインハウス訪問とともに、このカクテルも楽しみに残しました。

 

 図18 アンシュタイン・カフェ               

  

1 9 アインシュタインカフェのメニュー

そこで気がつくとかなりの時間が経過しています。
帰りの切符は買ってはいないのですが、6時までフランクフルトに戻るためには、急いで駅に戻る必要もありました。疲れていたので、駅までタクシー飛ばしました。帰路も15分ほど電車は遅れましたが、なんとか6時までフランクフルトのホテルに戻りました。

ホテルを出て、10時間の出張中の小さな旅でした。電車での移動の時間が多いので、ウルムでの滞在時間はわずか3.5時間程度でした。
それでも、ウルムのアインシュタイン関係はほとんど回ることができたと思います。
ウルム市から入手できた地図が良い案内役でした。

ウルムは確かにアインシュタインの生まれた町です。
でも生まれてすぐに、生後15ヶ月で引越をしたので、アインシュタインにとっても、単に生まれた町でしかないようです。これだけ有名になったアインシュタインが生まれた町だからといって、ウルム市がアインシュタインを取り上げていますが、アインシュタインの業績の実体(跡)がないだけに、ちょっとうら寂しさを感じました。
最後に2005年にドイツから発行されたアインシュタインの切手(図20)と、ウルムの地図(アインシュタイン関係を示す:図21)を示して、報告を終わります。

 

21 ウルムの地図 アインシュタイン関係を示す。地図の右上コーナ部にアインシュタインカフェがある。

  

20 ドイツ2005年発行アインシュタイン

 

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追記: この私のウルム探訪時の写真が、以下の本に紹介されました。
  2009−7−16
2009
7月にPHP研究所から発行された 
佐藤勝彦・監修「カラーでわかる!相対性理論
ISBN-978-4-569-70990-1、定価680円、約130ページ、の本の表紙を下図に示します。
3章「アインシュタインの人生と言葉」の冒頭に、アインシュタインの生地ドイツのウルムを探訪した私が撮ってきたデジカメ写真が採用されています。
最寄の書店で、読んでいただければ幸いです。