*八木宇田アンテナのオリジナルバージョンはどのような性能か?
そしてどのように使用されたか?
たたき台 案作成 2002−12−4 WEB公開 2017−10−7
○日本人が開発したアンテナ、八木宇田アンテナ
鋭い指向性を持つアンテナを発明した日本人がいます。
指向性が鋭ければ、特定の方向に強い電波を発信することができ、交信する相手の受信局まで少ない送信電力で電波を届けることができ、効率が良くなります。
現在世界中でテレビジョン放送の受信アンテナとして用いられているのが、この指向性の良い八木宇田アンテナです。
写真1:現在のテレビ用として屋根にのっているテレビ受信用アンテナの例
単に八木アンテナと呼ぶことが多いのですが、正しくは発明した両名の名をとって八木宇田アンテナとなります。
また、やはり八木アンテナと呼ぶのがふさわしい、という論もあります。
このアンテナをよく見れば、多数の導体(素子という。例;特定の長さのアルミニウムの棒)で構成されていますが、テレビジョン受信機に接続されているのはその中のわずか1本だけです。
その他の導体棒は単にその周囲に配置されているだけで、受信機に直接接続はされていません。
「寄生」とでも言うべきでしょうか、これらの導体棒の配列に八木宇田アンテナの鋭い指向性の秘密があるのです。
このアンテナは1925年に当時東北大学の八木秀次(1886-1976
大阪府生まれの電気通信工学者)、宇田新太郎(1896-1976 電気通信工学者で八木の弟子)両博士によって発明されました。
特許の取得は1926年、最初の論文として帝国学士院記事に掲載されたのは1926年2月号でした。
最初の論文には波長4.4m(周波数68.2MHz)で実験を行った結果が報告されています。
アンテナといえば無線機から電力を供給されているいろいろな形状の給電素子(放射素子)だけから構成されているのが常でした。
真空管などの送信機に接続されていて、アンテナの素子に電力が給電されているのを給電素子と呼び、電波が実際に放射される素子を放射素子と呼びますが、通常では給電素子が放射素子となります。
八木と宇田はそうした給電素子の前後に、給電しない宙に浮いた金属棒を配列することによって、素子同士が相互に影響しあって、アンテナの指向性が影響を受け、鋭くなることを見つけたのです。
給電素子の後側に給電素子より少し長いか同じ長さの1本もしくは複数素子を配置すると、これらの素子は電波を反射するように働きます。
これを反射素子と呼びます。
また給電素子の前の方に給電素子と同じ長さか少し短い長さの素子を配置すると、これらの素子は電波を前の方により強く放射するように働きます。
これを導波素子といいます。
導波素子の数を増やすと、増やすほどに、より指向性が鋭くなっていくことを見出しました。
○オリジナル八木宇田アンテナの現代的な性能評価
オリジナルの八木宇田アンテナの指向性はどの程度の性能であったのでしょうか?
1926年2月の論文には実測された指向性の図が掲載されていますが、アンテナ数値解析ソフトEZNEC(アンテナの性能を解析するパソコンソフト、主にアマチュア無線家が使用)を用いて、論文に掲載されている条件で、論文に記載されていない一部の不明な条件は筆者の判断で、現代風に解析した結果を示します。
*オリジナル1926年論文にあるアンテナの性能は
1926年のオリジナル八木宇田アンテナの素子の配列を図1に示します。
波長は4.40m(周波数68.18MHz)で、素子1は給電素子(放射素子)で長さは2.2mで直径は10mm、素子2-20は19本の導波素子で、長さは1.8mで直径は10mm、素子21-25は「くの字型」に配列した反射素子で、長さは2.2mで直径は10mmです。
アンテナ素子の周りには電波を反射したり吸収したりするものが全くないという条件設定の基に、性能を計算すると図2になりました。
このアンテナを受信アンテナとして見ると、後ろから来る電波に対しては前からの電波に比べて100分の1の感度しかありません。
前の方から来る電波に対して感度のある幅は25度程度に絞られています。
このアンテナを送信アンテナとしてみると、後ろの方には電波はほとんど放射しないで、前の方に強く放射する性能で、後ろへの放射を1とすれば、前の方には100の強さの電波を出すことがわかります。
電波が強く出て行く幅は25度程度に狭められています。
標準のアンテナに比べて、前方に強い指向性を持っています。
この強さをアンテナ利得といいますが、計算結果では16.23dBiとなり、42倍強い電波を特定の方向に集中して発信していることになります。
図1 1926年の八木宇田アンテナの構成
図2 1926年の八木宇田アンテナの指向特性
*1929年のUHF帯アンテナの性能は
さらに、波長45cm(周波数667MHz)のUHF帯の周波数に上げたアンテナも作りました。
この八木宇田アンテナを用いて1929年仙台‐大鷹森間20kmの距離で無線通信実験に成功しています。
このアンテナは1930年にベルギーのブリュッセルで開催された万国博覧会にも出品されました。
そして、このアンテナは現在東北大学に保存されており、2000年にはこのアンテナを使用した公開再現実験も行われています。
図3はこのアンテナの概要です。
素子配列の数字(図面)は東北大学からの提供によるものです。
波長は0.45m(周波数 666.2MHz)、 素子1は放射素子で、長さは212mmで直径は4mm、素子2-10は9本の導波素子で、長さ は200mmで直径が2mm、素子11-23は半円形に近い型に配列した反射素子で、 長さは270mmで直径は2mmの素子です。
これを同様に周囲に電波を反射したり、吸収したりするものが皆無という条件設定の基に、解析を行うと、図4に示す指向性となりました。
後ろから来る電波に対しては前からの電波に比べて40分の1の感度しかありません。
前の方から来る電波に対して感度のある幅は65度程度に絞られています。
これは単純に1926年のアンテナに比べると指向性が少し鈍いといえます。
図3 1929年の八木宇田アンテナの構成
図4 1929年の八木宇田アンテナの指向特性
○八木宇田アンテナの活躍
八木宇田アンテナを使用した無線通信は1933年に山形県酒田市と沖合40kmの飛島間で一般公衆用無線電話回線として実用に供されました。
引き続いて新潟と沖合50kmの佐渡島の白瀬村と新潟県庁の間の警察無線電話回線に使用されました。
この通信回線は佐渡からは8mバンド(周波数38MHz)で、新潟県庁からは6mバンド(周波数50MHz)で通信が行なわれています。
これ以外ではほとんど日本で評価されませんでした。
日本海海戦では無線通信のおかげで勝利したということがあって、本来であれば無線通信の進歩に役立つこの指向性の良さは日本では正当に評価されてもよいはずです。
八木宇田アンテナの特許は日本だけではなくアメリカ・イギリスでも権利を取得しました。
そして、イギリスにおける特許の実施権はイギリスのマルコーニ社に譲渡していることからイギリスなどでは評価されたのです。
*八木宇田アンテナは海外で利用されていた
レーダの開発に際してイギリスなどはこの八木宇田アンテナを利用しました。
第2次世界大戦が始まり、1942年にシンガポールに進撃した日本軍がイギリスの電波兵器ラジオロケータ(レーダのこと)を捕獲しました。
英軍のニーマン伍長のノートに電波兵器に関する記述があり、その中に「Yagi Array」という言葉がありましたが、何かわからず大騒ぎになりました。
最終的にはそれは日本人が発明した「八木宇田アンテナ」であることがわかったという逸話があります。
イギリスでは日本の八木宇田アンテナを利用してレーダの開発が進み、実戦に使用されていたのです。
一方、日本ではこのすばらしい発明を生かすことはなく、レーダなどの開発は遅れていました。
日本でも遅まきながら、海軍用レーダに八木宇田アンテナを採用したのでした。
これらの電波利用が第2次世界大戦における戦いに大きな影響を与えました。
日本でもレーダは開発され1942年6月に軍艦「日向」に対空用レーダが実戦装備されました。
第2次世界大戦の転機となったミッドウェー海戦では日本の艦船にレーダは全く搭載されていませんでした。
この海戦は電波兵器が死命を制したとされます。
*八木宇田アンテナは広島と長崎の原爆にも利用されていた
またこの八木宇田アンテナは広島と長崎に投下された原子爆弾にも利用されていました。
アンテナの研究者でもある佐藤源貞はアメリカのスミソニアン博物館を訪問し、展示されている原子爆弾の模型をみて、八木宇田アンテナが原子爆弾に取り付けられているのを見出しています。
広島に投下された原子爆弾はスィン・マンというあだ名で、全長は320cm、円筒形の弾頭部の最大直径は71cmです。
その弾頭部の頭から50cmほど下がった部分の両サイドに30cmほどのアルミニウムの棒が3本ずつ並んで取り付けられていました。
この3本の素子から構成されている八木宇田アンテナから超短波電波を発射し、地上からの反射電波を測定して、地上高を計算、決められた地上高になったときに信管の起爆装置が動作する役目を担っていたのです。
このスィン・マンは広島上空550mで爆発しました。
同じく展示されていた長崎に投下された原子爆弾ファット・マンは卵型であり、卵型の最も太い部分の両脇にも八木宇田アンテナが取り付けられていました。
広島原爆に取り付けられた八木アンテナ:青木1984年より
長崎原爆に取り付けられた八木アンテナ:3箇所の矢印の部分 青木1984年より