*岡山に電信発祥の地碑を訪ねて

戻る 

記:2014−12−1

徳島での鉄道切手部会の持ち出し例会に参加の帰路、高松から瀬戸大橋をJRライナーで渡り、岡山に入りました。
2014
1129日、後楽園を見物の際、後楽園の脇を流れる旭川に沿って南に下った京橋の近くにある川岸に建つ電信発祥の地碑を見てきました。

表紙を開いた本をかたどったユニークな形状の記念碑で、「電信発祥の地」と書かれています。
碑の片側にはモールス符号で表記した「デンシンハッショウノチ」が刻まれていました。

明治時代、電信事業を国営で行うことが定められると,東京〜横浜の間に電信線が敷設されました。
1871(
明治4)年には,国内の電信網よりも前に、上海およびウラジオストックとの国際回線が開通しています。
1873(
明治6)年には 東京〜長崎間の電信線が開通。
長崎までの回線は岡山市を経由したため、岡山市内にも同年に電信局が開設され、公衆通信業務が開始され、やがて岡山県内全域に整備されていきました。
なお、山市内で電話交換業務が開始されたのは 1903(明治36)年のことです。

 

碑文
電信発祥の地
  明治六年(1873)十月一日この地に岡山電信局が開設されました。
  平成41月建立 岡山信友会  NTT岡山支店
  NTT岡山支店長  福沢 進 謹書

 

 

この電信発祥の地碑からちょっと離れた同じ川岸に、以下に示す飛行記念の碑もありました。

 

 

 

碑文:

表具師幸吉之碑由来 備前岡山の表具師幸吉は鳥のように自由に空を飛べたらと考え、鳩の体重と翼の大きさの割合を人間にあてはめて大きな翼を作り、これを体にくくりつけて京橋の上から旭川の河原に飛行することに成功しました。
これが、人間が空を飛んだ最初の記録とされています。
天明51785年幸吉が29歳の時で、米国のライト兄弟より110年以上も前のことです。
わたくし達は岡山に表具師幸吉の様な先駆者のいたことを誇りに思っています。
 青年よ 夢をもて 
昭和561213日 岡山旭ライオンズクラブ